一生、お仕えします その3

第3話 茉莉花まりかの悩み

 休み時間の教室は、それぞれが好きなように過ごしている。本を読む者、勉強をする者、おしゃべりを楽しむ者、用事を済ませる者……。
 茉莉花まりかはたいてい、級友である数人の女子生徒と一緒にいた。その女子生徒たちは、たわいのない会話を楽しむのが好きなようだった。今年はこの学校で過ごす最後の学年であるということで、卒業後の進路、受験などの悩みや不安もあり、なおのこと、休み時間は貴重な息抜きの一つになっていた。
 とはいえ話題の中心は、どうしても進路や受験にかたよってくる。今日の話題も、進路についてだった。一人の女子生徒が、話題を持ちかけた。
「ねえ、実際のところ、将来はどんな仕事をしたい?」
 女子生徒の問いかけに、他の者も口々に、今の想いを表現する。
「わたしは医師になりたいの。若いうちはこの国で、いずれは世界中で、多くの方の病気を治す、世界一の名医になりたいわ。」
こころざしが高くてすごいね! わたしはポピュラー音楽の作曲家になりたいの。楽しんでもらえるような、すてきな曲をたくさん作りたいと思っているよ。」
「いいわね。あなたはバイオリンとサックスで素敵な曲を作っているもの、きっとなれるわ。わたしはテキスタイルデザイナー志望よ。今までにない、美しい柄の布を生み出すのが夢なの。」
 夢を語る女子生徒たちを、茉莉花まりかは何も言わずに、ただ笑顔で眺めていた。そんな茉莉花まりかに気づいたのか、一人の女子生徒が茉莉花まりかに尋ねた。
一宮いちのみやさんは、何かなりたいものはあるの?」
 すると、別の女子生徒がとがめるように言う。
「何言っているの。茉莉花まりかさんは、一宮いちのみや家の家業の跡継ぎって決まっているのよ。」
 その言葉に、茉莉花まりかに尋ねた女子生徒は、しゅんとした顔になり、肩を落とした。
「ごめんなさい、一宮いちのみやさん。ただ単に、一宮いちのみやさんも、将来の夢について考えたこともあるのかな、って思っただけなの。」
 申し訳なさそうな女子生徒の態度に、茉莉花まりかは怒る様子も見せず、変わらぬ笑顔のまま答えた。
「気にしないで。そう思うことはごく当たり前のことだもの。聞いてくれて、かえってうれしかったわ。」
一宮いちのみやさん……。」
「将来のことだけど、おっしゃる通り、わたしは家を継ぐことが決まっているもの……。昔から、そう言われて育ってきたの。だから将来の夢なんて、考えたこともないわ。それよりも、家を継いでどうなりたいかをいつも考えているわ。」
 笑顔を崩さずにはっきりと話す茉莉花まりかに、女子生徒たちはにわかに色めき立った。
「さすが茉莉花まりかさん、一宮いちのみや家次代ご当主だけのことはあるわね。」
「やっぱり一宮いちのみやさんはお嬢様の中のお嬢様、わたしとは格が違う!」
 突然の絶賛ぶりに、茉莉花まりかは戸惑いつつも、ひたすらにこやかに答える。
「ありがとう。でもそんなに立派なものでもないのよ。まだまだ勉強中なの。」
「謙虚なところも素敵ね!」
 そのとき、授業開始のチャイムが鳴ったため、茉莉花まりかや女子生徒たち、そしてもちろん他の者たちも、自分の席へと戻った。
 休み時間のあいだ、茉莉花まりかたちの様子を、礼諒なりあきはしばらく見ていた。それほど離れていなかったので、会話もそこそこ聞こえていた。級友たちの問いかけに答える茉莉花まりかの笑顔は、礼諒なりあきにとってはどこか不自然に見えた。
 授業中も、礼諒なりあきは先ほどの茉莉花まりかのことについて考えていた。今は外国語の授業で、当てられて音読するときがある。茉莉花まりかも当てられて読んだが、声に元気がないような、気のせいであるような、なんともあいまいな声だった。茉莉花まりかの発音をほめる言葉をつぶやく級友もいたが、「声の元気さ」については、何かを言う者はいなかった。
 あっという間に放課後になり、二人が校門のところで、吉川よしかわの迎えが来るまで待っているあいだ、礼諒なりあきは休み時間の件について、茉莉花まりかに聞いてみた。
「失礼ながらお嬢様、今日の休み時間のことについて、お伺いしたいことがございます。」
「何かしら?」
 疑うことのない、まっすぐな顔をする茉莉花まりかに、礼諒なりあきは一瞬、緊張と、こんなことを本当に聞いていいのかという自責の念を抱いた。だが、やはり聞かずにはいられなかった。
「そんなに離れていなかったので、会話の内容が聞こえたのですが、ご友人たちと、将来についてお話しされていましたよね?」
 「将来」という言葉が礼諒なりあきの口から出た瞬間、茉莉花まりかはどことなく、焦ったような顔を見せた。だがそれも一瞬で、すぐに穏やかな顔に戻った。
「ええ、したわ。でもそれが、なにか……。」
「わたしの思い違いでしたら申し訳ないのですが……お話しされているときのお嬢様は、本心からの笑顔ではないように感じたのです。」
「え……。」
 茉莉花まりか礼諒なりあきの言葉に、笑顔を消した。礼諒なりあきは真剣な顔になり、勢いをつけて言った。
「ですからお嬢様、もし悩まれていることなどあれば、わたしがお聞きして……。」
「いえ、大丈夫よ。心配には及ばないわ。」
 茉莉花まりか礼諒なりあきの言葉をさえぎり、笑顔に戻った。
「ごめんなさい、礼諒なりあきさんにそんな気を遣わせるなんて……。わたしは一宮いちのみや家次代当主だもの、しっかりしないといけないわね。」
「ですが……。」
 礼諒なりあきが言いかけると、吉川よしかわが車に乗って到着した。
吉川よしかわさんが来たわ。帰りましょう、礼諒なりあきさん。」
 二人は車に乗り込んだ。
 車の中では、いつものように、今日出た宿題のことや、授業のこと、先生のことなどについて話す。先ほどの、茉莉花まりかの「不自然な」笑顔については話せる雰囲気ではなかった。吉川よしかわがいればなおさらのこと、茉莉花まりかのそのような面について、口に出すわけにはいかなかった。

 それから数日のあいだも、茉莉花まりかは休み時間には女子生徒たちと一緒にいた。この数日は、話題の中心は、勉強や宿題のことがほとんどで、茉莉花まりかもときどき会話に参加していた。少し難しい問題について、解き方や考え方を質問されると、茉莉花まりかはたいてい答えていて、女子生徒たちの尊敬を集めていた。
 その日の昼休みは、この数日間とはまた変わって、今放送中のテレビドラマについての話題で盛り上がっていた。茉莉花まりかはそのドラマは見ていなかったが、それなりに興味はあるようで、楽しそうな顔で話を聞いていた。
「やっぱりあの恋人役は、二枚目で理想的な性格で……。あんな人、現実にもいたらいいのになあ。」
 一人の女子生徒が、ドラマの登場人物について語り出した。ドラマの内容に、はまり込んでいるようだった。
「そうは言ってもね、ドラマはドラマだもの。夢を見るためのものよ。」
 別の女子生徒が冷静に分析する。
「もう、わかってるよ、そんなの。だからドラマって楽しいんでしょ? 現実にはありえないようなことを楽しむ……。やっぱりいいなあ、ドラマって。」
 先ほどの女子生徒が反論し、夢の世界の良さについて述べ出すと、また別の女子生徒が言った。
「でも、現実の恋も、ちゃんといいものだと思うの。」
 すると、ドラマにはまっている女子生徒が、
「どういう意味?」
と急に顔色を変えた。興味津々で、身を乗り出している。
「えっとね……ちゃんと素敵な人は現実にもいるし、現実のおつき合いも楽しいよ。」
 「現実の恋」について発言した女子生徒が、少し恥ずかしそうに言う。
「え、それってまさか……。」
「実はわたし、恋人ができたの。」
「わあ、いいなあ!」
 にわかに、女子生徒たちが騒ぎ出す。「恋人」についてや、経緯などをあれこれと聞き出し、あっという間に話題の中心は、ドラマの恋愛から、目の前の少女の恋愛へと移っていった。
「素敵だなあ。わたしも、現実でおつき合いしたい!」
「あら、気が変わるのが早いのね。さっきはドラマがいいって言っていたのに。」
「別にいいでしょ!」
 茉莉花まりかはそんな会話をする女子生徒たちを、何も言わずにただ眺めていた。
 あるとき、ふと一人の女子生徒が、茉莉花まりかに問いかけた。数日前に、茉莉花まりかに将来の夢について尋ねた者だった。
一宮いちのみやさんは、なにか聞きたいこととかないの? そもそも一宮いちのみやさんの恋愛観も知りたい!」
 すると別の女子生徒が、この前と同じく、とがめるように言った。
「またそういうこと言って。茉莉花まりかさんは、自由な恋愛なんてできないのよ。親が決めた相手と結婚するの。それくらい、一宮いちのみや家のしきたりは厳しいのよ。」
「そういえばそうだよね……。一宮いちのみやさん、またごめんなさい。」
 女子生徒は頭を下げた。茉莉花まりかはこの前と同じように、笑顔のまま答えた。
「いいえ、気にしないで。同じクラスになったのは、今年が初めてだものね。知らなくて当然だわ。」
 女子生徒はほっとしたような顔になり、明るく茉莉花まりかに言った。
「でも、夢を見るのくらいは自由にしてもいいんじゃない? こんな恋愛したいなあ、とか、考えたら楽しくなっちゃうよ。わたしはそれが生きる源のひとつだもん。」
「もう、まったく。茉莉花まりかさんは、あなたと違って恋に生きているわけではないの。」
 夢を見る、という提案をすぐに却下するように、女子生徒二人はやりとりしていた。茉莉花まりかはそこには加わらず、二人を眺めていた。笑顔ではあったが、どことなくかげりも見えた。
 放課後、帰ろうとする茉莉花まりかに、昼休みに恋愛について聞いてきた女子生徒が話しかけてきた。
「ねえ一宮いちのみやさん、今日いつものみんなで遊びに行こうって話しているんだけど、一宮いちのみやさんは来られる?」
 茉莉花まりかはすぐに、首を横に振った。
「ごめんなさい。わたし、そういうのには参加できないの。家の決まりで……。」
「あ、そうだったね。何回もごめんなさい……。」
 女子生徒は、またやってしまったとばかりに、沈んだ顔で下を向いた。
「いいえ、誘ってくれてうれしかったわ。一緒に遊んだりはできないけれど、これからも休み時間に話したりしてくれるかしら?」
「もちろんだよ!」
 女子生徒は笑顔になった。
「じゃあまた明日ね、一宮いちのみやさん!」
「ええ、明日もよろしくね。」
 女子生徒は、友人たちと一緒に、今からの行き先について話しながら、教室を出ていった。茉莉花まりかは手を振りながら、女子生徒の背中をしばらく眺めていた。
 礼諒なりあきはそんな茉莉花まりかの様子を少し離れたところから見ていたが、やがて茉莉花まりかのところへと行った。
「お嬢様、ご友人からのお誘いですか?」
「そうよ。でも、断ったけれど……。家の決まりとはいえ、断るのは心苦しいものね。」
 茉莉花まりかが少し、寂しそうな顔をする。
「お嬢様……。これくらいの年になれば、家の事情というのもわかっていただけるでしょうし、お気に病まれることはありませんよ。」
 礼諒なりあきが、精一杯の励ましを込める。
「そうよね……。じゃあ礼諒なりあきさん、帰りましょうか。」
 茉莉花まりか礼諒なりあきは、いつも吉川よしかわを待っている場所へと歩いた。

 二人が吉川よしかわを待っていると、礼諒なりあきの携帯電話に、吉川よしかわから連絡が入った。
「お嬢様、吉川よしかわ様が、都合で少し遅れるそうです。」
「わかったわ。教えてくれてありがとう。」
 それだけ言うと、二人はしばらくだまったままになった。茉莉花まりかはあまり動かず、ただうつむいている。礼諒なりあきはなんとなく、沈黙を続けてはいけない気がした。
「あの、お嬢様……。この前もお伺いしたのに、また同じことを申し上げるのは、失礼にあたるとわかっているのですが……。」
 礼諒なりあきが真剣な表情で、茉莉花まりかに尋ねる。茉莉花まりか礼諒なりあきのまっすぐな目に圧倒された。
「何、かしら……。」
「やはりお嬢様、悩まれていますよね? 少なくともわたしの目には、お嬢様はお元気そうには見えないのです。」
「そう、かしら?」
 茉莉花まりかは笑顔になってみせた。礼諒なりあきはそんな茉莉花まりかを見て、悲しげな顔になった。
「お嬢様、無理して笑顔をお作りになんて、なさらないでください。そしてどうか、わたしにお話しくださいませんか? わたしはお嬢様にお仕えする身、けして口外はいたしません。どんな小さなことでも、受け止めて差し上げましょう。」
「でも、礼諒なりあきさんにそんな重荷を背負わせるわけにはいかないわ。次代当主として、これは自分で解決しないといけない問題なの。」
 茉莉花まりかはかたくなに、自分の問題を見せようとはしない。礼諒なりあきはひるまず、茉莉花まりかの心のうちを聞き出そうとする。茉莉花まりかに仕える執事として、当然だと思っていた。だが、それだけではない何かも、自分の中で感じていた。
「いいえお嬢様、次代ご当主だからこそ、わたしにお話ししていただきたいのです。わたしはお嬢様をお支えする立場、お嬢様の問題も、できることがあれば、解決するのも仕事の一つです。」
「でも……。」
「それにお嬢様は、次代ご当主である前に、一人の人間でいらっしゃるのです。なおさら、お嬢様お一人に、重荷を背負わせるわけにはいきません。」
 礼諒なりあきは今の想いを、たたみかけるように一気に口にした。茉莉花まりかから目をそらすことなく、鋭くも暖かいまなざしを向けている。茉莉花まりかは少し戸惑いつつ、礼諒なりあきの目を見つめた。
礼諒なりあきさん……。」
 茉莉花まりかはそう言うと、しばらく口を結んでいたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「あの、わたし……うらやましかったの。この前は、礼諒なりあきさんに迷惑はかけられまいと、強がってしまったけれど、本当は……。」
 ひとかけらの笑顔も見せず、茉莉花まりかが語り出す。
「お嬢様……。」
「うらやましいの。自由に夢を語ったり、恋をしたりおつき合いをしたりする、級友が……。なんだかんだ言っても、わたしも将来に夢を見たり、好きな人ができて、叶うのなら二人で一緒にお出かけ、なんてこともしてみたかったわ。」
 礼諒なりあきはやはりという気持ちになるものの、茉莉花まりかに対する慰めの言葉が見つからない。
「本当はこんなこと考えてはいけないわよね。でもね、ときどき叫びたくなるの。どうして家を継がないといけないの? って。わたしも本当は好きな仕事をしてみたい、親が決めた人じゃなくて、好きな人と結婚したい、って。当然のように、当主を継ぐための勉強をするのだって、ずっとつらかった、って。そんなこと叫んだってどうしようもないし、決まっていることだから、夢を見ることすら、最初からあきらめているわ。でも、心の奥では、夢を見ることに夢を見ているの。」
 ため込んでいた気持ちを一気に吐き出すように、茉莉花まりかの口から、滝のように言葉があふれ出る。
「かといって、こんなこと思ってもしょうがないから、家を継ぐことは……受け入れているけれど、でも……ずっと一人で勉強してきて、せめてきょうだいがいれば、って……。」
 だんだんと、茉莉花まりかの声に、苦しさが混ざってくる。下を向いた茉莉花まりかは、自分の手を、目のあたりへと持っていった。
「お嬢様!」
 礼諒なりあきはもはや何も言えなくなり、持っているティッシュを差し出す以外になかった。茉莉花まりかのことを、文句の一つも言わない、我慢強く、粘り強い性格だと思っていた。それは間違いではないが、我慢強さを強いられていた、というほうが近いと言える。茉莉花まりかがずっと感じてきたあきらめの気持ちを、礼諒なりあきは受け止めきれるのか、とてつもない不安を感じていた。
 だが、自分から話してほしいと言った以上、受け止めるしかない。礼諒なりあきは覚悟を決める。
「お嬢様、ずっとつらい思いをなさってきたのですね。わたしの苦労など、到底及びません。」
礼諒なりあきさん……。やっぱり、重荷を背負わせてしまうことになるわ。」
 茉莉花まりかが上を向き、礼諒なりあきを見つめる。茉莉花まりかの目からは涙があふれていた。礼諒なりあきは新しいティッシュを出し、そっと茉莉花まりかの涙をぬぐうと、はっきりとした態度で茉莉花まりかに宣言した。
「重荷だなんて、そんなことはありません! お嬢様、ご存知ですか? 苦しみは分かち合うと半分になるそうです。わたしはお嬢様にお仕えする者として、お嬢様の心もお支えします。いえ、それ以上に、一人の人間として、お嬢様の苦しみも引き受けましょう。」
 礼諒なりあきは真剣だった。茉莉花まりかのためなら、と思いを精一杯込めた。だがそれが行きすぎてしまったのか、いつの間にか礼諒なりあき茉莉花まりかの手を握っていた。茉莉花まりかははっとそれに気づくと、少し顔が赤くなった。
「あ、あの、礼諒なりあきさん、手を……。」
「えっ? ……あっ! 申し訳ございません! とんだご無礼を……!」
 礼諒なりあきは慌てて、茉莉花まりかから手を離した。礼諒なりあきの顔は、かなり赤くなっていた。
「か、かまわないわ。礼諒なりあきさんなら……。」
 茉莉花まりかが下を向きながら、そう言った。自分の顔を悟られたくないようだった。
「えっと、お嬢様、わたしならかまわないというのは、どういう……。」
 茉莉花まりかははっとすると、慌てて言った。
「いえ、なんでもないわ。今のは忘れてくださる?」
 それから二人はまた無言になった。話すよりも前に、お互い、相手の顔を見るに見られない緊張感が漂っていた。
 少し離れたところから、二人への視線を感じる。車の中からのぞく顔。吉川よしかわだった。吉川よしかわ礼諒なりあきへの連絡通り、いつもの時間より少し遅れて到着した。茉莉花まりかたちのところへ行こうとしたとき、何やらただならぬ雰囲気の二人を目撃してしまい、少し動揺しているようだった。
「あれはつまり、どういうことなのだろうか……。」
 吉川よしかわは小さな声でつぶやくと、執事としてのつとめを果たすため、何食わぬ顔を装い、二人の元へと車を走らせた。
 茉莉花まりか礼諒なりあきの二人が無言になってからしばらくして、吉川よしかわの車が到着した。二人もまた、何食わぬ顔で乗り込んだ。
 車の中で、吉川よしかわがさりげなく、二人に話しかけた。
「お嬢様、勉強のほうは順調ですか? 学校生活はいかがですか? 礼諒なりあきも、そのあたりどうだ?」
 ふだん、車の中ではほとんど抽象的な会話をしない吉川よしかわだけに、茉莉花まりか礼諒なりあきはそれぞれ、口にはしないが、吉川よしかわのいつもとの違いを感じ取っていた。――先ほどの行動を、吉川よしかわに見られたのではないかという不安を覚えた――。
 だが特に茉莉花まりかは、動揺を見せず、吉川よしかわとの会話に乗っていた。