一生、お仕えします クリスマス番外編

※時系列的に、本編終了後(厳密には、本編の途中ですが)のお話であるため、微妙にネタバレ的な要素を含みます。まだ本編が終わっていないのに、申し訳ありません。
なるべく、あからさまなネタバレにならないように書いたつもりですが、気になる方は、ご注意ください。

クリスマスの贈り物

 クリスマスが近づいたその日、茉莉花まりかは、一宮いちのみや家がよく利用する、包装資材の店に来ていた。礼諒なりあき志歩しほに見守られながら、包装紙やリボンを選んでいる。
 いくつか見て、比較検討していたが、そのうちある一つを手に取ると、楽しそうに言った。
「この包装紙、かわいいわね。」
 礼諒なりあきが、茉莉花まりかに反応する。
「お気に召されましたか、お嬢様。」
「ええ。これにするわ。上月こうづきさんの好みに合うかはわからないけれど、あの人ならきっとほめてくれるわね。リボンも決まったし、あとは買うだけね。」
「では、お会計をいたしましょう。」
 礼諒なりあきは会計へと向かうと、手早く支払いを済ませた。
 目的のものを購入し、茉莉花まりかたちは店を出て、礼諒なりあきの運転する車で、一宮いちのみや家の屋敷へ帰る。礼諒なりあきも車の免許を無事に取得し、今は吉川よしかわや、一宮いちのみや家の運転手と交代で、茉莉花まりかの送迎をすることもある。
 車の中で、茉莉花まりかは今日の買い物について、考えを巡らせていた。11月の終わりごろ、拓真たくま茉莉花まりかに提案をしてきた。一宮いちのみや家が主催するクリスマスパーティーで、贈り物を交換し合わないか、と。茉莉花まりかは承諾した。先ほど買った包装紙とリボンは、拓真たくまへの贈り物のためのものだった。
 ふと、運転中の礼諒なりあきが、茉莉花まりかに話しかけてきた。
「お嬢様、一宮いちのみや家主催のクリスマスパーティーへのご参加は、今年が初めてでいらっしゃいますよね?」
「ええ、そうよ。仕事関係だということで、18歳、つまり高校卒業以上で、パーティーに出ることになっているの。」
 礼諒なりあきは一呼吸置いた後、「別のパーティー」についての話題に切り替えた。
「そうでしたね。ところでお嬢様、ご家族だけでなさっているクリスマスパーティーは、今年はされるのですか?」
 「家族だけのクリスマスパーティー」とは、茉莉花まりかが子どもの頃からずっと、重元しげもと桜子さくらこが、茉莉花まりかのために開いてくれていた、こぢんまりしたパーティーだった。屋敷のダイニングで、茉莉花まりかが幼いころは、子ども向けに楽しい雰囲気で、中学生くらいになると、主に料理人が作る、クリスマスのための食事を味わうことを中心に、非日常を演出してきた。
「そうね……。ただでさえ、一宮いちのみや家主催のパーティーがあるのに、家族のパーティーまで開いていては、使用人の皆さんの負担が増えてしまうわ。」
「ですが、一宮いちのみや家のパーティーでは、人数も多いと聞いていますし、お嬢様は気疲れしてしまうのではないかと、勝手ながら、心配なのですが……。準備や後片付けはわたしがすべて一人でおこなうことにして、お嬢様のためにパーティーを開いて差し上げようかと考えております。」
 礼諒なりあきの言葉に、熱がこもっていく。だが茉莉花まりかは、その情熱がかえって心配になり、
「いえ、今年は礼諒なりあきさんも、一宮いちのみや家のクリスマスパーティーでのお仕事があるのだから、わたしのための別のパーティーなんか、しなくていいわ。お仕事が増えたら、体が心配だし、大学の勉強にも差し障るから、よくないわよ。」
と、強めに返した。
 屋敷に帰ると、茉莉花まりか礼諒なりあきに頼み、贈り物を包装してもらった。礼諒なりあきは、自分は不器用であるし、贈り物の包装などきれいにできない、と言うのだが、茉莉花まりかから見ると、完全無欠なラッピングだった。世界一美しいと言っても過言ではない、贈り物の包装を見て、茉莉花まりか礼諒なりあきを誇らしく思うのだった。
 同時に、その美しさが、自分ではなく拓真たくまのためにあることに、一抹の寂しさも感じていた。もちろん、執事見習いである礼諒なりあきが、茉莉花まりかが他の者に贈るための包装を美しく仕上げることによって、茉莉花まりかの「格」のようなものを示すことができる。茉莉花まりか礼諒なりあきが、自分のために、真摯に仕事をしてくれていることを、それはよく理解していた。いや、単なる仕事であることを超えて、茉莉花まりか自身に尽くすくらいの気持ちで、日々過ごしていることを、ほかの誰よりも感じ取っていた。だからこそ思うのだった。もし、礼諒なりあきから、執事見習いとしてではなく、礼諒なりあき自身から、贈り物をもらえたら、と――。
「そんなこと、考えても仕方がないわね……。」
 茉莉花まりかは、礼諒なりあきのほどこした包装を見つめ、じっくりと味わってから、大切なものをしまうための引き出しを開けた。

 礼諒なりあきが自分の部屋で、大学の勉強をしていると、携帯電話の着信音が鳴った。画面に表示されたのは、拓真たくまの名前。確かに、念のため、拓真たくまにも礼諒なりあきの携帯電話の番号を教えてある。だが拓真たくまは、茉莉花まりかに用事がある場合は、一宮いちのみや家の電話にかけてくる。つまり、自分に用事があるのだろうか、と疑問に思いながら、電話に出た。
「お待たせいたしました。笹原ささはらです。」
『あ、笹原ささはらくん。今話してもいいかな?』
 ふだんと変わらない、穏やかで落ち着いた拓真たくまの声が、電話の向こうから聞こえた。正直言うと、礼諒なりあき拓真たくまと話すのは緊張した。礼諒なりあきにとって拓真たくまは、何もかもが、絶対的に勝てない相手。それなのに拓真たくまはおごることなく、礼諒なりあきのことを一人の人間として尊重し、丁寧に接する。そこがまた、礼諒なりあきの「勝てなさ」をより増幅させる。拓真たくまに対しては、嫉妬もあれば、同時に尊敬の念もあり、おそれ多くも競争相手のような対象としても見るなど、とにかく種々の感情が混ざり合う、なんとも言えない気持ちを抱いていた。
「はい、かまいません。なんのご用でございましょう?」
 礼諒なりあきはやっとの思いで平静を装い、淡々とした声で答えた。すぐに返事をしたはずなのに、長い時間、考え込んでいたような気がしていた。
『実は、茉莉花まりかさんへのクリスマスの贈り物の件なんだけれど、一緒に選んでもらえないかな?』
「え? わたしがですか?」
 思いもよらない拓真たくまの言葉に、礼諒なりあきは戸惑いの声を出した。
『そうだよ。笹原ささはらくんなら、茉莉花まりかさんの好みに詳しいだろうと思って。』
「ですが上月こうづき様、せっかくですから、ご自身でお選びになったほうがよいのでは? 上月こうづき様が、お嬢様にお贈りするものですし。女性への贈り物であるがゆえに迷われていらっしゃるのでしたら、お姉様にご相談なさるのもよろしいかと……。」
『それも考えたんだけれど、やっぱり姉上ではなくて、笹原ささはらくんがいい、という結論に達したんだよ。』
 拓真たくまは引き下がらなかった。礼諒なりあきはしばらく考えていたが、特に断る理由も見当たらず、拓真たくまの頼みを受けるしかなかった。
「承知いたしました、上月こうづき様。贈り物選びに、お供いたします。」
『ありがとう。頼んだよ。』
 二人は日時を約束すると、電話を切った。
 礼諒なりあきは、拓真たくまの意図がつかめずにいた。拓真たくま茉莉花まりかへの気持ちはよくわからないが、いくら茉莉花まりかに仕える執事見習いだからといっても、そもそも礼諒なりあきが男である時点で、言い表しようのない、目を背けたくなるような感情が浮かんでくるのではないか。少なくとも礼諒なりあきは、そう思わずにはいられなかった。だが拓真たくまは、いわゆるお坊ちゃま育ち。人柄も申し分ない。きっと、自分のような、世俗的な嫉妬心も持ち合わせてはいないのだろう――。礼諒なりあき拓真たくまについて、自分の域を出ない想像を巡らせると、勉強に戻った。

* * *

 輝くシャンデリア、クリスマスの華やかな飾りつけ、人々のざわめき、色とりどりの食べ物。クリスマスパーティーの会場は、きらびやかな光を放っているようだった。
 クリスマスのころの夕刻、一宮いちのみや家の屋敷の中にある、パーティーのための部屋では、100人規模の立食パーティーがおこなわれていた。一宮いちのみや家の家業の関係者が集まるパーティーで、忘年会のような、1年の働きに感謝する趣旨で、気軽なものとして開催されている。
 重元しげもと桜子さくらこは、招待客たちに話しかけたり、客同士の交流を促したりして、客たちをもてなしていた。礼諒なりあき吉川よしかわ家事長かじちょう家事人かじにんたちは、会場で、招待客たちの食事や飲み物の世話に、動き回っている。一宮いちのみや家の料理人と、この日のために雇われた一流の料理人たちが作る料理は、シャンデリアやクリスマスの飾りにも負けない美しさを醸し出し、最上の味は、招待客たちの舌を満足させていた。
 茉莉花まりかは会場の真ん中あたりにいた。キャップスリーブ(肩先が隠れる程度の、ごく短い袖)の、絹の朱子織しゅすおり生地のワンピースを着ていた。ひざ下丈に、深みのある青は、茉莉花まりかの上品さをより引き立てている。ウエストを絞り、裾は広がったシルエットで、かわいらしさも演出していた。髪はアップスタイルにし、きらきらと光るネックレスとイヤリングをつけている。5センチほどのヒールのついた、控えめな装飾のある靴を履いている足許あしもとは、ややぐらついているように見える。
 自分も両親のように、招待客たちをもてなすべきだろうか、とあたりを見回していると、拓真たくま茉莉花まりかのところへやってきた。
「こんばんは、茉莉花まりかさん。」
 スーツ姿の拓真たくまがにこやかに、茉莉花まりかにあいさつをした。
「こんばんは、上月こうづきさん。パーティーを楽しんでいらっしゃるかしら?」
 茉莉花まりかも笑顔を作り、拓真たくまに返した。
「おかげさまで。茉莉花まりかさん、何か飲まない?」
 拓真たくま茉莉花まりかに提案する。ちょうど、礼諒なりあき吉川よしかわが通りかかった。
拓真たくま様、よろしければどうぞ。」
 吉川よしかわはグラスにワインをぐと、拓真たくまに渡した。その後礼諒なりあきがジュースをぎ、同じように茉莉花まりかに渡した。
「わたしは19歳だから、ジュースで失礼するわ。上月こうづきさん、乾杯しましょう。」
 茉莉花まりか拓真たくまは、互いにグラスを近づけた。
 乾杯が終わると、二人の話題は贈り物のことになった。礼諒なりあき吉川よしかわに言われて、しばらく二人のところについていることになった。
 茉莉花まりか拓真たくまは、さっそく贈り物を交換した。拓真たくま茉莉花まりかの贈り物の包装を見て、思わず感想が口からこぼれた。
「この包装紙は、茉莉花まりかさんが選んだの? とてもかわいらしいね。」
 拓真たくまは楽しそうに、包装紙を見つめた。
「ええ、そうよ。気に入ってくださったかしら?」
「もちろん。茉莉花まりかさんのイメージにぴったりだよ。それから、この包み方、リボンのあしらい方が、とても素敵だね。美しさを感じるよ。」
 拓真たくまは手放しで、包装をほめた。茉莉花まりかはなぜか、胸がちくりと痛んだ。
「それは、礼諒なりあきさんがしてくださったのよ。」
「そうか、やはりそうなんだね。」
 拓真たくまの顔に、どこかかげりが見えた気がしたが、すぐにいつもの優しい顔になった。
 茉莉花まりかの贈り物の話が終わると、話題は拓真たくまの贈り物の話に移った。小さな包みだった。包装も、茉莉花まりかの好みのものだった。
「まあ、小さくてかわいらしいわね。これは、アクセサリーか何かかしら?」
「そうだよ。きっと茉莉花まりかさんも気に入ると思うよ。」
 拓真たくまはなぜか、うれしそうにしていた。
 茉莉花まりか礼諒なりあきに、拓真たくまからの贈り物をいったん預けることにした。控え室として使われている、会場の隣の部屋に置いておき、パーティーが終わった後で、茉莉花まりかが持って帰ることになった。礼諒なりあきは贈り物を、後で控え室に持っていくことにし、もう少しのあいだ、二人についていることにした。
 贈り物の交換が終わった後も、二人は話していたが、しばらくすると、拓真たくま茉莉花まりかの変化に気づいた。
茉莉花まりかさん、気分が悪そうに見えるけれど、大丈夫?」
 茉莉花まりか拓真たくまには、疲れた顔に映っているようだった。
「ええ、大丈夫よ。ざわめきと、慣れないヒールの靴で、少し疲れただけよ。」
「でもやっぱり、心配だよ。隅のいすで、少し休まない?」
「かといって、わたしがいすに座るわけには……。」
 そう言ったかと思うと、茉莉花まりかは少しふらついて、バランスをくずした。とっさに礼諒なりあきが支える。
 拓真たくまが心配そうに言った。
「やっぱり、ちょっとだけでいいから、いすで休もう。」
「ええ、わかったわ。」
「ではお嬢様、わたしが……。」
 礼諒なりあき茉莉花まりかに肩を貸そうとしたそのとき、吉川よしかわがやってきて、
礼諒なりあき、そろそろ会場の仕事に戻ってくれないか。」
と言われた。
「では上月こうづき様、お嬢様をお願いします。」
「わかった。笹原ささはらくんも、お仕事がんばって。」
 拓真たくま礼諒なりあきに、優しく声をかけると、茉莉花まりかに肩を貸し、会場の隅のいすへと歩いていった。
 礼諒なりあきは二人の後ろ姿を見ながら、見たくないような、激しい気持ちがわき上がってくるのを感じていた。だがすぐにそれを抑え込んだ。今は仕事中であるし、何より、拓真たくまのこの前の心遣いを、思い出していたからだった――。

 パーティーが無事に終わり、普段着に着替えた茉莉花まりかは、自分の部屋で一人、静寂にひたっていた。机のいすに座り、拓真たくまからの贈り物の包みをほどいて箱を開け、中身をぼんやりと眺めていた。
 小さなハート型のプレートに、茉莉花まりかの誕生石であるオパールをあしらったペンダントトップのついた、ピンクゴールドのネックレス。チェーンも細く繊細で、手に取ると、さらりとした感触が、手の中に溶け込む。
 茉莉花まりかはネックレスを箱に戻すと、深いため息をついた。
「これが、礼諒なりあきさんからの贈り物ならよかったのに……。」
 茉莉花まりかは悲嘆にくれる。考えてもどうしようもないことはわかっているものの、クリスマスという特別な機会に、茉莉花まりかはつい、なにがしかの期待を抱いてしまう。もちろん、今まで期待が叶えられることはなかった。それでもなお、められないのは、人生の大きな側面で夢を見ることをあきらめているからこそ、日々のささいなことに、希望を見出さなければ、やり過ごせないからなのかもしれない。
「だって、まるで礼諒なりあきさんが選んだみたいなんだもの……。」
 茉莉花まりかはまた、ひとりごとをつぶやいた。
 今目の前にあるのは、確かに拓真たくまから贈られたものだった。だからおそらくは、拓真たくまが選んだか、もしくは拓真たくまの姉の選択だと考えるのが、順当だった。それにしては、茉莉花まりかの好みに沿いすぎている。拓真たくまが偶然、これを選んだ可能性ももちろんあるが、それよりは、茉莉花まりかの好みを熟知している礼諒なりあきが、自身を持って選んだ品のように思えた。
(って、ついこんなことを考えてしまうわ。いいかげん、やめないと……。)
 茉莉花まりかが箱を閉めようとしたとき、部屋のドアを軽くたたく音がした。
「お嬢様、礼諒なりあきでございます。お茶をお持ちしました。」
「どうぞ、入って。」
 礼諒なりあきがいつも通りの、てきぱきとした様子で、部屋に入ってくる。
「なんだか申し訳ないわね。今日はパーティーの準備に給仕、後片付けで、さっきまでお仕事だったのでしょう? お疲れではないかしら。お茶のお仕事は、休めばよかったのに。」
 茉莉花まりかが心配そうに、礼諒なりあきに声をかける。
「いえ、かまいません。今日はわたしが自分で、お嬢様にお茶をお持ちしたかったのです。」
 礼諒なりあきはにこやかに、茉莉花まりかに返事をする。その顔に、茉莉花まりかはほっとした気持ちがわき起こった。
 茉莉花まりかは小さなテーブルに移動し、礼諒なりあきがお茶を淹れるのを待つ。礼諒なりあきは急須に茶葉とお湯を入れた後、いったん手を止め、茉莉花まりかに小さな包みを渡した。
礼諒なりあきさん、これは……?」
 透明な袋には、桃色のサテンリボンが結ばれ、中にはクッキーが数個入っていた。ツリーやベル、ジンジャークッキーで作られることの多い人形など、クリスマスモチーフの形に型抜きされ、表面は淡い色合いのアイシングで装飾されている。いかにも、茉莉花まりかが好みそうな見た目だった。
 クッキーを見て、一宮いちのみや家の料理人が作ったのかと思った茉莉花まりか。だがすぐに気づく。
「このクッキー、礼諒なりあきさんが作ったの?」
 今の料理人は、15年近く、一宮いちのみや家に仕えている。その料理をいつも見て、食べている茉莉花まりかには、料理人が作るクッキーとは、見た目からしてどこか違うことは、すぐにわかった。そして、ほかに、そのような見た目のクッキーを作りそうな者といえば、一人しか浮かばなかった――。
「はい、そうです、お嬢様。台所をお借りして、作らせていただきました。」
 お茶を湯飲みに注ぎながら、礼諒なりあきが答える。
「まあ、わざわざ作ってくださったのね。こんなに手の込んだものを……。」
「はい、お嬢様のための小さなパーティーを、開いて差し上げることができませんでしたので……。かわりにこのクッキーを、お贈りさせてください。」
 拓真たくまへの贈り物の包装資材を買いに行ったときに、車の中で交わした会話。今、それが出てくるとは、思いもよらなかった。
「ありがとう。でも、パーティーはしなくていいと言ったのに……。よけいな気を遣わせてしまったかしら……。」
 茉莉花まりかが申し訳なさそうな顔をする。礼諒なりあき茉莉花まりかにお茶を差し出すと、手を体の前で組み、かしこまった態度になった。
「いいえお嬢様。わたしがどうしても、お作りしたかったのです。お嬢様がお気に病まれる必要は、いっさいございません。」
「そうなの? それならいいのだけれど。」
 胸をなでおろしたように、口角を少し上げる茉莉花まりか礼諒なりあきは続けた。
「それからこのクッキーは、小さなパーティーができないかわりに、お嬢様にお喜びいただくために、執事見習いとしての仕事という言い訳・・・のもと、作らせていただきました。」
「言い訳?」
 茉莉花まりかが言葉に引っかかると、礼諒なりあきはさらに真面目な顔になった。
「はい。お嬢様への個人的な贈り物は、してはいけないと申し付けられておりますので。」
「そう、ね……。」
 茉莉花まりかはふと、暗い顔になり、下を向いた。
「ですが、今日は執事見習いとしてではなく、わたし自身として、このクッキーをお贈りさせていただきたいと存じます。クリスマスおめでとうございます、茉莉花まりかお嬢様。」
「え……?」
 茉莉花まりかがふたたび上を向く。みるみるうちに、表情に明るい光がみなぎっていく。
「本当に? このクッキーは、お仕事ではなく、礼諒なりあきさんご自身のお気持ちからくださったのね?」
 茉莉花まりかは満面の笑みを、礼諒なりあきに向けた。ふだんはなかなか見ることのできない、幸せいっぱいの笑顔に、礼諒なりあきも思わず笑みがこぼれる。
 それから茉莉花まりかは、クッキーの包みのリボンをほどき、1枚を手に取ると、しばらく眺めてから口にした。さくさくとした食感と、優しい甘さが、口だけでなく、体にも心にも広がっていく。
「さすが礼諒なりあきさんだわ。味も、とてもわたしの好きなものよ。」
「おほめにあずかり、光栄でございます、お嬢様。」
 茉莉花まりかは1枚を食べ終わると、ほかのものは翌日以降に食べるからと、礼諒なりあきにリボンを結び直してもらった。
 お茶を飲みながら、ふと思い出したように、茉莉花まりかは言った。
「好みといえば、上月こうづきさんがくださったネックレスも、わたしの好みにぴったりだったのよ。まるで、礼諒なりあきさんが選んだみたいに……。」
 茉莉花まりかは優しい笑みで、礼諒なりあきに話した。なんの意図もなく、ただうれしかった気持ちを表現した。
 すると礼諒なりあきは、ダーツをまとに当てられたような顔をしたかと思うと、赤くなった。
「お嬢様、なぜおわかりになるのですか?」
「え? なんのこと?」
 茉莉花まりか礼諒なりあきの言う意味がわからず、思わず顔をしかめる。
「実はお嬢様、上月こうづき様からの贈り物の品は、わたしがお選びしたのです。」
「本当に? どうやって?」
 予想だにしなかったことを言われ、茉莉花まりかは驚きを隠せない。まさか本当に、礼諒なりあきが選んだとは……。
「実は、しばらく前に上月こうづき様からお電話をいただきまして、お嬢様への贈り物をお選びになるのを手伝ってほしいと、頼まれたのです。」
「そうだったのね。どうりで、わたしの好みをよくわかってくれている雰囲気があったわ。本当に、礼諒なりあきさんが選んだなんて……。大切にするわ……ね……。」
 茉莉花まりかが言葉に詰まる。気づくと、目からは涙が何粒もこぼれていた。礼諒なりあきは慌てて、スーツのポケットからハンカチを取り出す。
「お嬢様、どうなさいましたか!?」
「うれし涙よ。わたし、こんなに幸せでいいのかしら? 礼諒なりあきさんが作ったクッキーをもらえただけじゃなくて、上月こうづきさんからの贈り物まで、礼諒なりあきさんからもらえたも同然だなんて……。でも、こんなことを言っては、上月こうづきさんに申し訳ないかしら? くださったのは上月こうづきさんだものね。だけどうれしい気持ちは変わらないの。」
 礼諒なりあきはハンカチで、そっと茉莉花まりかの涙をぬぐう。茉莉花まりかはまた、うれしそうに、自然と笑顔になっていった。
 あふれる幸福感が、二人の時間を包み込む。今だけは、誰にも邪魔されない、二人だけの時間――。

 お茶の時間が終わると、礼諒なりあきはいつも通り、お茶の道具を持って部屋を出た。
 茉莉花まりかの笑顔を、心の奥深くにまで刻みつけ、明日からもまたお嬢様のために尽くそう、と決意を新たにした。
 ただ、一つだけ、罪悪感が胸に残った。礼諒なりあき拓真たくまの言葉のすべては、茉莉花まりかに伝えなかった。拓真たくまは、言っていいとも、言わないでほしいとも、どちらとも言わなかった。判断は礼諒なりあきにゆだねられた。
 贈り物を選んでいるとき、拓真たくまは言っていた。
笹原ささはらくんが茉莉花まりかさんに贈りたいものを選んで。これは僕からではなく、笹原ささはらくんから茉莉花まりかさんへの贈り物なんだ。」
 拓真たくまが与えてくれた、「個人的な贈り物」をする機会。二度と与えられないかもしれない。今はまだ学生の身であるが、いずれ、茉莉花まりか一宮いちのみや家の当主となって、家業を取り仕切っていく。甘い夢ははかない。だから、拓真たくまの真意は、少なくとも自分から伝えるべきではない――。礼諒なりあきは、そう結論を出した。
 だが茉莉花まりかは、拓真たくまの真意を知らなくとも、はかない夢であろうとも、勇気づけられ、生きる力を与えられた。少なくともクッキーは、礼諒なりあき礼諒なりあき自身の意思で、自分のために作ってくれ、直接渡してくれたのだ。その事実だけで、一生分の幸福感をもらえたかもしれないと、内面の感情を隠しきれなくなりそうだった。
 寝る時間になり、布団に入った茉莉花まりかは、お返しとして、礼諒なりあきに何を贈ろうか、父や母にどんな言い訳・・・をすれば、堂々と礼諒なりあきに渡せるだろうかと、楽しい計画を巡らせながら、眠りについた。
 夜は更け、気温が下がった外では、雪がちらほらと舞い踊っていた。

(クリスマスの贈り物 おわり)


web拍手を送る