きつねの銀治ぎんじ千草姫ちくさひめ・その2

 いくらかの月日が流れ、千草姫ちくさひめは17歳のころでした。
 さて、千草姫は一人娘でしたので、よその国から婿君をむかえることが、幼いころより決まっていました。
 父上と母上である、殿さまと奥方さまにすすめられるまま、千草姫は何人かの若君とお見合いをしました。千草姫のまわりの国の殿さまの次男や三男などで、年のころは15歳から20歳ほど。両親のすすめる相手はどの若君も、それはりっぱでした。
 でも、千草姫の心は、どうにも動きません。結婚そのものを、まだ考えられない、という理由もありました。ですがそれよりも、どの若君よりももっと、銀治ぎんじをこそ、婿君にむかえたい、とひそかに考えているのが、一番でした。幼いころより、よその国の若君を婿にむかえることは、じゅうぶん承知しているつもりだったし、そもそも銀治と千草姫のあいだにはもともと、結婚など許されない、身分の差があるというのに……。自分自身に言い聞かせても、自然にわき上がる想いは、止められるものではありません。
 千草姫の思い悩む様子に、銀治は心配をつのらせていきました。
 ある日の武術鍛錬のけいこのあと、片づけがてら、銀治は千草姫に、結婚の件について、話してみました。
「姫さま、このごろお元気がおありではありませんが、婿君のことでお悩みなのですか。」
 千草姫はだまったまま、小さくうなずきました。銀治は千草姫をなだめようと、穏やかな表情を作りながら言います。
「姫さまの大切な伴侶をお決めになるのです。あせる必要などございませんよ。」
「でも、でも、わたしは……。」
 何かを言おうとして、千草姫は言葉をつまらせます。銀治はあわてて、千草姫を部屋へとつれていきました。
 銀治は気分を落ち着ける薬を作り、千草姫の部屋へと持っていきました。部屋には今、千草姫といよ・・がいました。
 銀治が千草姫に薬を渡し、千草姫が飲み干すと、だんだん落ち着いてきたようでした。
「さっきは取り乱してごめんなさい。迷惑をかけたわ。」
「いえ、拙者のほうこそ、あのような場で大切な話をするなど、考えなしでした。」
 二人はおたがい、謝り合いました。
 千草姫はいよを部屋から出すと、銀治と二人きりになり、小さな声で言いました。
「銀治、あなたにはわたしのお見合い相手について、話しているわよね。どの若君が、婿にふさわしいと思うかしら。」
 銀治は少し考えてから、まじめな顔で言いました。
「正直に申し上げますと、拙者がご意見申し上げていいような内容であるとは思えません。ただ、姫さまがお選びになった相手につきまして、ご相談に乗ることは、考えてございます。しいて申し上げれば、最初の若君さまが、姫さまにはふさわしいかと……。」
「本当にそう思う?」
 千草姫が、急に大きな声を出したので、銀治は肩をふるわせました。
「はい、今、拙者が拝見したところでは……。」
「わたしは、もっとふさわしい相手がいると思うの。例えば、銀治、あなたとか……。」
「えっ?」
 千草姫の中では自分が婿候補になっている、という、思いもよらない展開に、銀治は言葉をうしないます。
「銀治、わたしはあなたこそが、婿君としてもっともふさわしいと思うの。人柄も才能も、この国を治めるには申し分ないわ。あなたが殿になってくれたら、きっとこの国やたみの暮らしは、もっと豊かになる。父上や母上だって、納得されるはずよ。」
「ですが、姫さま……。」
「それにね……。」
 言いかけて、いったん言葉を止める千草姫。少し顔を赤らめています。
 やがて、深く息を吸い込むと、続きを口にし始めました。
「わたしは、あなたが恋しいの。かなうなら、あなたと添いとげたいわ。国のための婿選びと言っても、結局は心を何よりも大切にしたいの。だから、わたしの婿君にふさわしいのは、あなたを置いて、いないのよ。」
 思いの丈を、一気にはき出した千草姫。
 ですが銀治は、きっぱりとした態度で、千草姫の願いを断りました。
「姫さま、たいへんおそれながら、そのお話をお受けすることはできません。」
「銀治……。」
「まず、拙者は姫さまの忍びとしてお仕えしている身分。もとより、姫さまの婿君として、許される相手ではございません。」
 銀治はたんたんと、言葉を続けます。
「それに拙者は、姫さまにお仕えすることこそが、最高の名誉だと思っております。ですから婿君になるなど、まったく考えてはございません。」
 千草姫はすっかり下を向いてしまっていました。銀治は優しく言葉をかけます。
「どうかお顔をお上げくださいませ、姫さま。」
 千草姫が上を向くと、銀治はまっすぐに、千草姫の目を見つめて言いました。
「ですが姫さま、一つだけ申し上げます。姫さまが、拙者を婿君に、とお考えくださったというだけで、たいへんもったいない、ありがたき幸せなのでございます。たとえ、婿君になるお話をお受けできなくとも、拙者は心より、姫さまのことをお慕い申しております。」
 銀治は言い終わると、深々と頭を下げました。
「銀治……!」
 千草姫は手を口に当てています。目には涙がにじんでいるようでした。
 銀治は頭を上げると、千草姫にたのみ込むように言いました。
「どうかこれからも、姫さまの忍びとして、おそばでお仕えさせていただけませんか。」
 千草姫はだまって、深くゆっくりとうなずきました。
 その夜、千草姫はひっそりと、まくらをぬらしました。
 銀治もまた、胸に矢がつきささるような思いでいました。はっきりと断ってみせたものの、千草姫の告白を受け、心の中は、ついゆらいでしまいました。自分の意志とは関係なく、千草姫の婿になった自分の姿を、ぼんやりと頭に浮かべてしまいます。長老さまに言われた、「結婚など、考えてはならない。」という言葉を、なんとなく思い出していました。
 そうはいっても、さすがは姫君と忍び。よく日からはまた、今まで通りといった態度で、おたがい、日々の勉強や武術鍛錬にはげみ、仕事をこなし、元にもどったような雰囲気になりました。

 数日後、千草姫たちは外出していました。いつものように、銀治といよとで、3人です。
 少し暑さを感じる日、お城からやや遠くの泉に涼みに行き、日ごろの疲れも取れた、帰り道でした。
 千草姫は、地面に生えている、色とりどりの花や葉をじっくりと見るため、銀治とともに歩いていました。いよは、泉のあたりに忘れ物をした気がすると、いったん泉へともどっていきました。千草姫と銀治が、いよを待ちつつ、ゆっくりと進んでいた、そのときでした。
 こかげから、とつぜん男が二人、現れました。刀をかまえ、いかにも千草姫をねらっている様子です。銀治はすぐに、千草姫をふせさせると、刀を取り出し、目にもとまらぬ速さで、二人をなぎ倒しました。敵をやっつけたかのように見えました。
 ところが、です。どこかちがう方向から、矢が2、3本飛んできました。矢はあきらかに、銀治へと向かっています。あわてて手裏剣を投げる銀治。ところが、油断したのでしょうか、脚に一本の矢が命中し、その場に倒れ込んでしまいました。
 ばさっと大きな音に、千草姫は驚いて起き上がり、銀治のもとへとかけ寄りました。
「銀治!」
 銀治の脚からは、もう矢は抜けていました。千草姫は、銀治の傷をたしかめようと、けがのあたりに目をやります。
「え……?」
 千草姫は目をみはりました。身につけているものも傷つき、肌があらわになっている、と思ったら、見えていたのはなんと、けものの脚だったのです。
「銀治、あなたはいったい何者なの……?」
 千草姫は、あらためて銀治の顔を見ました。たしかに人の顔をしています。
「もしかして、忍びの術で、けものに変身することができるのかしら?」
 混乱した様子の千草姫に、銀治は、傷と心の痛みをこらえながら言いました。
「姫さま、ごらんのとおり、拙者は本当は、けものなのでございます。きつねの身でありながら、姫さまにお近づきしたく、このように人の姿になり、お仕えしてまいりました。ですが、姫さまは、きつねなど、おそばに置きたくはないことでございましょう。これにて、お別れでございます。」
「待って! わたしはいやだなんて、ひとことも言っていないわ!」
 千草姫がさけびます。銀治の顔が、驚きに満ちていきました。
「銀治、あなたが人だろうときつねだろうと、銀治は銀治でしかないわ。わたしはあなたに、そばにいてほしいの。この国と民を守るため、これからもずっと、力になってほしいわ。あなたじゃないとだめなの!」
 千草姫の目から、涙が一粒、二粒と、こぼれていきます。
「姫さま……。」
 苦しそうだった銀治の顔が、みるみると安らかさを見せ始めます。
「姫さま、拙者はなんと幸せなことなのでございましょう。きつねの身でありながら、姫さまにそこまで思っていただけるとは、思いがけないことでございます。そのお心にお応えするべく、今後とも、姫さまにおつくしいたします。」
 そう言い終わると、銀治は起き上がりました。千草姫の目をまっすぐに見て、たのみます。
「姫さま、今から拙者の、きつねにもどった脚のどこでもよろしいので、手を当てていただけませんか。そして目をお閉じになり、ゆっくりと3、お数えください。」
 千草姫は言われたとおりに、銀治の脚に手を当て、目をつぶって3、数えます。ふたたび目を開けると、銀治の脚は、また人のものになっていました。けがは、治らないままです。
「これでまた、姫さまのおそばでお仕えすることができます。」
 銀治が目を細めました。
 千草姫は、銀治のけがが気になり、持っていた手ぎれを、銀治の脚に巻きました。銀治は千草姫のしぐさを、いとおしそうにながめています。
「このようなことを、姫さまにさせるべきではありませんでした。」
「いいえ、わたしがどうしても、自分で手当てしたかったのよ。」
 千草姫は穏やかにほほえみました。
 そのとき、やや遠くから、いよが二人を呼ぶ声がしました。
「姫さま、銀治さま!」
「いよ!」
 二人のもとへ着いたいよは、息を切らしていました。
「まあ、いよ、そんなにあわてなくてよかったのに。忘れ物はあったかしら。」
「いえ、姫さま。わたくしのかんちがいだったようでございます。」
 いよは申し訳なさそうに、頭を下げました。
「あやまることはないわ。だれにだって、そのようなことはあるものよ。」
 ほっとした様子で頭を上げた、いよ。ふと、銀治の脚が、目にとまります。
「銀治さま、その脚は、どうなさったのですか?」
「実は先ほど、山賊のような者たちにおそわれたのですよ。」
 銀治は申し訳なさそうに言います。
「まあ、それは、そんなときにおそばについていられず、なんとおわびを申し上げたらよろしいのか。」
 いよは肩をすくめました。そして、ふしぎそうな顔をして言いました。
「ですが、あの銀治さまがおけがをなさるなんて、めずらしいですね。」
「本当ですよ。めんぼくないです。」
 銀治はばつの悪そうな顔をしました。
 少し休んで落ち着いたあとは、なにごともなかったように、3人はまた歩き出しました。
 お城へ帰ったあと、しばらくして、千草姫は人払いをし、銀治と二人きりで、昼間のことについてたずねました。
「銀治、今日いよが言っていたとおり、いつもまったくけがなどしないあなたがけがをするなんて、考えられないわ。何か心当たりがあるかしら。」
 すると銀治は、少し考えてから、けわしい顔で言いました。
「それは、拙者の姫さまへの気持ちゆえでございます。」
「どういうこと?」
 銀治は言いにくそうに、言葉をつなぎました。
「しばらく前、姫さまが、拙者を婿としてお考えだと知ったとき、正直に申し上げますと、とてもうれしかったのでございます。どれだけ心がおどったか、たとえようもございません。それがよくなかったと思われます。」
 千草姫は、話が見えてこない、といった顔で、銀治の話を聞いています。
「拙者は、おわかりのとおり、きつねでございます。本来なら、姫さまの婿君になることなど、考えてはいけないのです。それを、つい喜んでしまい、姫さまとの可能性を想像してしまったのです。それで少し、人の姿になる力や、忍びとして必要なわざが、うしなわれてしまったのでございましょう。」
「そんな……。」
 千草姫は、くちびるをかみしめました。そしてにわかに、頭を下げました。
「銀治、ごめんなさい。」
「姫さま?」
 千草姫はふたたび頭を上げると、少しだけうつむきながら、言いました。
「わたしが、あなたを婿に、などと言ったから、銀治にそんな思いをさせてしまったのね。」
「いいえ、姫さまのせいなどではございませんよ。」
 銀治は、千草姫をなぐさめるように、優しく言います。
「でもやはり、家来の行動は、主君に責任があるものよ。銀治、もう二度と、あのようなことを口にしないわ。これからは、主従の立場をきちんと守りましょう。だからどうか、ずっとそばにいてくれるかしら。」
「拙者のほうこそ、今後ともお仕えさせていただければ、ありがたいことでございます。」
 銀治の正体を、けしてほかの人にはもらさない、との千草姫の約束で、この話は終わりになりました。二人はまた、今までどおり、しっかりとした信頼で結ばれた主君と忍び、として過ごしていました。
 ですがそれは、表面上のことでした。おたがいに対する、人知れぬ深い想いは、しんしんと降り積もる雪のように、少しずつ、ですがたしかに、つのっていったのです。

 それからまたしばらくして、千草姫は、いつものように、銀治といよをおともに、外出していました。
 今日は、村の様子を見て、村人たちと話し、貴重な情報を得ることができた、と、千草姫は満足そうでした。
 用件も終わり、帰ろうと、歩き始めてしばらくしたところ、銀治が、後ろに人の気配を感じてふり返りました。
 そこには、3、4人ほどの男が立っていました。この前と同じように、あきらかに、千草姫をねらっています。銀治はあわてて刀を取り、男たちを払いのけます。ですが、少しだけ、動きがにぶいようでした。
 銀治は、千草姫といよに逃げるよううながします。ですが途中で、千草姫は転んでしまいました。銀治はすぐに、千草姫をかばいに行き、いよには、ひとまず遠くへ逃げるようにとさけびます。
 最後に一人、残った男が、銀治めがけて矢を放ちました。銀治はさっと男の動きをとらえ、刀をふり下ろします。みごと命中しますが、男が放った矢もまた、銀治の腕にささってしまったのでした。
「ぐっ……。」
 痛みを感じた銀治は、その場にどさりと倒れ込んでしまいます。
 千草姫が、驚いて起き上がり、銀治の元へとかけ寄りました。千草姫が矢のささったあたりを見ると、なまなましい傷が、あらわになっています。そして傷のまわりは、今度もまた、きつねの前脚へともどっていたのでした。
「銀治!」
 千草姫は、この前したように、きつねの前脚になっている銀治の腕のあたりに手を当て、目をつぶってゆっくりと3、数えました。
 でも、目を開けたとき、目の前にあったのは、きつねの前脚でした。
 千草姫の行動に気づいた銀治は、横になったまま言います。
「姫さま、もう拙者は、完全な人の姿にはなれないようです。姫さまへの想いにとらわれてしまい、人に変わる力をうしなってしまったのでございます。このまま隠し通すことなどできません。今度こそ、お別れでございます。」
「そんなのいや! なんとか、腕を隠してごまかせば……。」
「いいえ姫さま、もはや拙者は、腕どころか、人の姿でい続けることはできないようでございます。姫さま以外の者が、拙者の正体を目にする前に、拙者はどこかへと去りましょう。」
 言い終わるか終わらないか、のうちに、銀治は一瞬で、きつねへと姿を変えたかと思うと、けがの痛みにたえるようにしながらも、あっという間にどこかへと走り去っていきました。
「銀治! 待って!」
 千草姫は、銀治を追いかけようとしましたが、すぐに見うしなってしまいました。
「銀治! 銀治!」
 何度も何度も、千草姫は銀治を呼びます。ですが、銀治が千草姫の元へと来ることはありませんでした。
 そのうち、いよが千草姫のところへともどってきました。銀治の名前をさけび続けている千草姫を見て、いよも、
「銀治さま! どこにいらっしゃるのですか! 銀治さま!」
と、何度もさけびます。
 でも、銀治はとうとう、姿を見せませんでした。さけび疲れた千草姫は、弱々しい声で言いました。
「いよ、銀治はどこか遠くへと行ってしまったの。」
「いったい、どういうことなのでございますか?」
 銀治がもどってこない、見つかりもしないことや、千草姫の言っていることがよくわからないことに、おろおろするいよ。千草姫は説明しようとしますが、なぜだか言葉につまってしまい、うまく言うことができません。
「姫さま、ひとまずお城に帰りましょう。」
 いよはいったんはそう言いますが、ふと、不安をおぼえました。
「ですが、銀治さまがいなくて、大丈夫でしょうか。まだ先ほどの仲間が、残っているかもしれません。」
 千草姫は、急に、何かに守られたような気分になりました。言葉がなめらかになり、穏やかな顔で言います。
「きっと、銀治がどこかで守ってくれているわ。だから、心配は無用よ。」
 千草姫の言うとおり、二人はなにごともなく、お城に着いたのでした。
 銀治がいなくなってしまったことについて、お城では、さわぎになってしまいました。殿さまと奥方さまが、千草姫に、あのとき何が起こったのか、とたずねます。ですが、千草姫はうまく答えることができません。
 殿さまは、銀治にうたがいの目を向けてしまいました。
「銀治は元から忍びであったな。もしや、今までのはすべて、この国や城のことについての情報を得るための、作戦であったのではあるまいか。千草、そなたはきっと、裏切られたのだ。これからは、よその国、いやわが国ですらも、人の動きに最大の用心をせねばならぬ。」
 殿さまの怒りに、千草姫の心は、たいへん痛みます。銀治の本当のことを言い出せないことが、くやしくてなりません。
「父上、銀治はけして、そのようなことをする者ではございません。いつも誠心誠意、わたしにつくしてくれていました。きっとなにか、たいへんな理由があり、どうしても、わたしの前にはいられなくなってしまったのでしょう。どうか、寛大なお心をお与えくださいませ。」
 千草姫の必死の訴えに、殿さまも考えを変えたようでした。そのとき以来、銀治のことを責め立てようとする様子を見せることはありませんでした。
 銀治がいなくなってしまったため、千草姫の勉強や遊び、武術鍛錬の相手などは、別の者たちがおこなうことになりました。和歌に絵、楽器、武芸、それぞれ、優秀な者が選ばれ、千草姫の才能をみがき上げようとするのでした。
 ですが千草姫は、日々のすべてのことに、身が入りませんでした。和歌を詠めば、あまりにできばえが悪くなってしまい、絵も思うように描けず、楽器を弾くと、何度もまちがえてしまいます。知識を覚えようにも頭に入らず、武術のけいこには集中できずに、しばらく休みましょう、と言われてしまいます。食事をしても、食欲のない様子を見せ、残すのはもったいないからと、少なめに盛るように言い、しまいには、最初から作らなくていい、と言い出すしまつでした。
 千草姫のあまりの元気のなさに、心配した殿さまと奥方さまは、千草姫に、いっそのこと銀治を探し出してはどうか、と言いました。
 ですが千草姫は、
「いいえ父上、母上。わたし一人のわがままのために、貴重な国の資源や人手を使ってはなりません。」
と、断りました。
 千草姫はいつも青い顔をするようになっていってしまいました。
 婿君選びの件も、考えたくない、と言って、なるべく会わないようにするのでした。どうしても、と言われたときは、しかたなく会いましたが、相手の若君も、千草姫の顔色を見て心配し、すぐに切り上げるほどでした。
 こうして、千草姫の生活のすべてが、暗いやみに包まれたようになっていってしまったのです。